どーも、きょーすけです。ありがたいことに最近ブログにコメントをいただくようになり、せっせとお返事を書いております。ただ、はてなブログって返信機能ないんですかね❓いただいたコメ主に届いているのかなと心配になります🤔
さて、今回はそんなコメントからリクエストをいただいたので、その内容になります。以下コメントを転載します。
ネットで漫画の感想を漁る中でこのブログに辿り着き、漫画への理解にとても参考になっており、感謝しております。まつもと泉先生への厚い感謝と漫画に対しての敬意を捧げる上で、是非ご意見を拝見したい要素がございます。というのも、もちろん漫画は面白くて大好きなのですが、浅い自分には、漫画の中で三角関係や恋愛模様を楽しむ上で恭介の超能力設定の必要性があまり感じられず、コメディとしては良いのですが、「別に超能力でなくても」や「恋愛の駆け引きや展開上必要?」と思う事が多々あり、超能力設定がなければもっと綺麗に纏まったのではと傲慢にも思ったことさえあります。三角関係を描く青春ラブコメという物語上において、はたして春日家の超能力設定の必要性と有無について、どのようなお考えをお持ちか興味があります。もしお時間が許すのでしたら是非一つ記事があればと思います
というものでした。とゆーことで、春日家の超能力設定に関して、自分の知っていることと、自分の考えを書きたいと思います。
①超能力設定の起源
漫画を描くうえで、読まれるための必要な要素として、"魅力的である"ことがあげられると思います。その魅力の一つとして、もちろん絵柄だったりキャラクターだったりもありますが、一番大切なものとして、設定がしっかりしていること、そして斬新だったり興味をそそられるものであることだと思います。その中で主人公が超能力を持っていることを選んだまつもと先生。その理由が先生の公式ファンブックに記載してあります。

先生自身がこのゼナ・ヘンダーソンのピープルシリーズを参考にして描くと面白いのではないか、と考えてこの設定を採用したのでしょう。因みに自分も読んでみようとAmazonで1冊購入してみましたが、文章が難しくて途中で断念してしまいました💦

先生がSF好きだったこと、その中でこのピープルシリーズに出会ったことでオレンジ☆ロードの超能力設定が出来上がったわけです。もちろん主人公の個性、特徴として何か別の要素でも良かったのかもしれませんが、先生がこれを選んだということになります。
②超能力の役割
多くの場合、超能力があるとそれを使って戦ったり、世界を守ったり、逆に悪用したりと、物語の舞台を大きく設定する傾向にあると思います。しかしオレンジ☆ロードでは日常のちょっとした出来事の起点になったり、解決法になったり、オチになったりと、超能力をメインに話が進むことはあまりありません。それは先生の中でそんなに大それたことができるほどの能力ではない、という設定があったのでしょう。それによって、大した能力でもないから無くてもよかったのでは❓という考えになるのかもしれませんが、要所要所でしっかり活躍してると思います。岩を砕いてまどかを助けたり、タイムスリップで過去に行ったりなど、枚挙に暇がありません。確認したところ、何かしら超能力が発動された回は156話中100話。これだけ出てきているものを無しで話を進めるのはもはや別作品を作るに等しいように感じます。
③超能力の意味
超能力を持っている春日家ですが、その力を悪用したり、私利私欲のために使ったり、そういう場面は少ないと思います。掛け持ちデートやロボット恭ちゃんの回など、もちろんなくはないんですが😅例えば透視能力。1度ずつまどかとひかるちゃんの裸を見てしまいますが、これは偶然の産物。それ以降、味をしめて繰り返すことはせず、悪用することはありませんでした。またおじーちゃんに連れられて6年前にタイムスリップした時も超能力は使えず、自らの体を呈してまどかを助けました。そして最終エピソードでも超能力は出てこず、大団円を迎えました。つまり何が言いたいかというと、超能力はそれを利用して物語を面白く仕上げるための一つの要素でしかないということです。そしてもう一つ、個人的に重要だと考えていることがあります。それは、そんな特殊な能力は時として人を変えてしまうものですが、春日家においては決してその能力に溺れることなく生きている、つまり人格に悪影響を及ぼしていない、というか悪魔の誘惑に打ち勝っているとさえ言えると思うのです。例えば高身長で二枚目、スポーツもできて明るい男性はきっと相当にモテるでしょう。しかしそれでも一人の人をずっと愛し続け、人を裏切らず、誘惑にも負けず、清く正しく生きていくのは相当な精神力が必要ではないでしょうか❓(偏見❓😅)超能力を持つということは、これと似た境遇とも考えられるわけです。あんなこともこんなこともできてしまう、しかしそれは良くないこと。超能力を使って良いものかどうか、あらゆる場面でそんな判断を迫られることになるわけです。そういう意味で自分は、超能力を持っていながらもまっとうに生きているきょーすけたちに、畏敬の念さえ感じるのです。きっと父親の教育がよほどよかったんでしょう。つまり超能力はきょーすけたちへの単なるブーストではなく、足枷であり誘惑なんです。多少胡坐をかいているところもありましたが・・・😅。ご自身にきょーすけのような超能力があったら、と考えてみてください。きっと冷静ではいられなくなるでしょう。ふとした瞬間にも無意識に超能力を使ってしまうのでは無いでしょか。つまり、自分の解釈としては恭介の人間性をより高いところに引き上げる要素になっていると考えられるのです。
④三角関係への影響
物語の始めに、バスケのゴールにロングシュートを決めたきょーすけを見たひかるちゃんがきょーすけに恋に落ちます。もちろん超能力を使ったシュート。超能力を個性と捉えるならそれでOKなんですが、きょーすけ自身は超能力は特別なものという認識。その証拠にまどかの前でのシュートは超能力を使わなかったのです。ありのままの自分を見せたいと。しかし、期せずしてひかるちゃんには見られてしまった。そしてそのせいでひかるちゃんに惚れられてしまった。最後まできょーすけにそのことは知らされませんが、ある意味ひかるちゃんは誤解からきょーすけを好きになってしまいます。
一方まどかは小5~6の春休みにタイムスリップしてきたきょーすけに出会い、ファーストキスを捧げます。きっかけはおじーちゃんによるタイムスリップですが、その間は超能力は使えず、いろいろなやり取りの中、きょーすけの人間性を見て好きになるのです。そして3年後に別人として再会し、大切な麦わら帽子をあげることになります。
その後、数々のエピソードを繰り返しますが、その中でまどかの気持ちを引き寄せた出来事が51回、逆にゲンメツされたことが47回ありました(きょーすけ調べ)。そして気持ちを引き寄せた出来事のなかで、超能力を使った出来事は6回でした。(禁じられた恋の島、恭介くん変身す、雪夜のふたり、デンジャラス・ビーチ、逃げろや逃げろ、石像に祈りを)まあ割と決定的な出来事ではありますが、意外に少ないですよね❓内訳をみるとほとんどが身体的な危機を回避するために最終手段として超能力を使ったようです。これをどう捉えるか。因みにひかるちゃんに関しては好感度upが22回、downが5回、upのうち超能力絡みが3回という感じでした。そしてそのうちの最初の1回目が体育館でのロングシュートだったわけです。
つまるところ、超能力がひかるちゃんを惹きつけ、これが三角関係の起点となった。そう考えると、ここでも超能力が仕事をした事になります。
⑤超能力が不要と考える理由
個人的には超能力が不要、もしくは無くてもいいのでは❓という考えには、正直言うと賛同できません。が、そう考える方にはそれなりの理由があるはずです。わざわざ超能力設定を否定するということは、必要がないのではなく、あると困る、と考えているということなのだと解釈しました。そしてその理由を憶測でしかありませんが考えてみました。
1.オカルトな超能力が使える主人公には感情移入しにくい
2.”雪夜のふたり”や”逃げろや逃げろ”など、普通では考えられないようなことが起きたにもかかわらず、まどかがそれを深く追求しないことに違和感を感じる
3.超能力を使って掛け持ちデートをしたり、催眠術にかかったふりをしてまどかを追い詰めたきょーすけが許せない
4.まどかに好かれたのは超能力のおかげで、チート能力でだましていると感じる
というようなことが考えられます。済みません、ほかには浮かびませんでした😅それでは上記理由に関して考察してみましょう。
1.これはどうしようもありません。自分と全く同じ主人公などおそらく存在せず、ある程度ファンタジーの世界として許容できないとどんな作品でも入り込めないでしょう。まあ超能力を持った主人公では無理、ということであればハナから読んでないとは思いますが😅
2.確かに、一見キレイに纏められていたり簡単な言葉で流している部分ではあります。実際にはまどかの頭の中は???でしょう。終盤の”逃げろや逃げろ”では、すでに何かしら気付いている、もしくは疑っている可能性はありますね。でもそれを深く追求しないのはまどかのキャパの広さと解釈しています。きょーすけのおかげで助かった、その事実を大切にし、経緯や方法はあえて追求しない。問い詰めたところで明るい未来は望めません。ごまされるか、何か良くない事を聞かされる事だってあります。そんな事でせっかく助けてくれたきょーすけを困らせたり関係が悪くなるくらいなら、起こった出来事、助かった命を喜んだ方が幸せだと考えたわけですね。これはあくまで自分の考えなので、正解は分かりません。ただ、そう考えると幸せかなと思うのです☺️
3.確かに。その通りです。ちょっと悪さが過ぎます。掛け持ちデートはなんだかんだバレたことはないので、陰でこそこそ悪さをしていた事実だけが残り、言ってみればまどかへの裏切りとも取れます。それが許せないと言われれば素直に認めるしかありません。またロボット恭ちゃんに関してはもっとタチが悪く、まどかのヌードを撮るとシミーズ姿のまどかを追いかけまわします。あれは流石にやり過ぎで、ワタシとしても擁護の言葉もありません。若気の至りのイタズラでは許されない、度を超えた悪事に個人的にも憤りを感じました😡ただ、超能力を利用してはいるものの、超能力そのものを使った悪事では無い、ということは申し添えておきます。
4.確かに、超能力はチートです。現実的にはスプーンを曲げるとか、念写する、止まった時計を動かすくらいしか見たことはありません😅これも怪しいですが。そんなチート能力を使ってまどかを落としたんじゃ納得できない❗️というのは確かに理解できます。ただ実際はどうでしょう❓まどかを振り向かせるために超能力を使ったシーンは、実はただの1度もありません。まどかを守るために止むに止まれず使った超能力、それが結果的にまどかの気持ちをグッと引き寄せた。それはもちろんあります。ただ、それは決して計算されたものでは無く、その場その場で必要に駆られて発揮した力なのです。それでもやはり納得できないという事であれば、いっそ超能力なんか無い方が、という考えも理解はできます。ただ、もう一つ自分が重要なものとして考えるのは、まどかの気持ちです。"夏のフィナーレ"の最後で
同じ春日くんだもん… どっちでもいーよ
というセリフがあります。どこまでリアルにイメージしていたかは定かではありませんが、たとえ超能力者であったとしても、そんなことはまどかにとっては取るに足らないことなんでしょう。昨日今日手に入れた能力ということであれば話は別ですが、これまでの3年半見てきた恭介の人間像が、そんな特殊能力に溺れるような男ではなく、人として十分受け入れられる、いやむしろまどかにとって魅力的なものに映っていた。超能力をひっくるめてきょーすけを愛していたということでしょう。(どこかできーたよーな?)まどかにとって、きょーすけの超能力は単に一つの個性であり、特技の一つというくらいの認識だったのかもしれません。そしてまどかが納得して受け入れられるのであれば、自分としてはそれはOKであり、これまでの経緯(きょーすけの行動やまどかの反応)を考えれば、違和感なく受け入れられると考えています。
さて、それではここで、超能力無しで物語を成立させることができるのかを考えてみたいと思います。まず三角関係を成立させるためにどうしても必要なのは、まどかとひかるちゃんにきょーすけに惚れさせること。きっかけはひかるちゃんは単純にかっこいいところを見せさえすればいいので、何かの偶然でかっこいいことろを見せれればOKなので何とかなりそう。まどかの方は、やはりタイムスリップの要素は欲しいところ。ちょっと不思議な世界観で例えば夢オチと見せかけて本当にタイムスリップしていたとか、物語全体にちょっとずつそういう要素を入れておけば、超能力でなくとも何とか成立するでしょうか❓ただ、様々なピンチを乗り切るのに普段ちょっと頼りないきょーすけに大役を任せるのはどうも無理がある様な気はします。いろんな偶然が重ならないとピンチを切り抜けるのは難しい。むしろその方が違和感を感じるかも知れません。逆にまどかに助けられるくらいが本当にあり得ることのよーな気がしますね😅。
とゆーことで、超能力がないと成立しないことはないけれども、より良いものになるイメージは残念ながら湧かないかなというのが個人的な感想です。まあ私の想像力が足りてないだけですが💦まつもと先生の超能力設定がいろんな心に残るエピソードを産んだ、そのことに感謝したいですね。
さて、ここまで書いてきて、個人的に少し考えた点があります。それは6年前にタイムスリップした時、きょーすけは超能力を使えませんでした。そしてその理由が語られることはありませんでした。なぜ超能力が使えなかったのか、というのは正直適切な理由が見当たりません。同じ瞬間に同じ人間が2人存在していたから❓過去に行くと超能力は使えなくなる❓それも特に説得力はありません。あるとすれば、過去で変な事をしないよーにおじーちゃんが超能力を封じていた、ということくらい。しかし超能力が無くたって未来に影響を与える事なんて簡単です。むしろ置いてきたきょーすけが困らないように、超能力くらい使える様にしてあげた方が良い様にも思います。(いや実は何もしないように、はぐれる前にタイムスリップすればよかっただけなんですけどね💦)なんて色々考えてしまいますが、まぁそんな事が言いたかったわけでは無く、なぜまつもと先生がそういう設定にしたのか、という事です。まどかが木から落ちそうになって、超能力で助けようとした。しかし超能力が使えず、結局自身が下敷きになって身を呈してまどかを守った。それはつまり、まどかの命を救ったのは、特殊能力なんかでは無い、きょーすけの素の力なのだと、まつもと先生はそういう事にしたかったのでは無いかと思うのです。まつもと先生自身、超能力をチート能力と考えていたのでしょう。特に最初の方はあえて使わない場面が何度かありましたから。だからこそ、この重要な局面で恭介に超能力を使わせなかった、そんなふうに考えることもできるかなと思います。
きょーすけに超能力を持たせたまつもと先生。しかしその超能力が暴走して、まどかがきょーすけの超能力を好きになってしまわない様に、巧みにコントロールしていたのでは無いでしょうか。ヒロインであるまどかが主人公であるきょーすけの事を好きになるのは自明の理。ただ、では何で好きになったのか、どこに魅力を感じたのか、それは作品への没入感を高める為には非常に重要な部分になります。その部分が、ひかるちゃんはきょーすけの超能力がきっかけになった。でもまどかは違う。例えまどかで無くても、人が困っていれば手を差し伸べる、身を呈して助ける、そういう優しさと正義感に惚れたのだ、と言いたかったのでは無いでしょうか。
以上が、自分が考えるオレンジ☆ロードにおける超能力の意味になります。個人的には決して単なる味付けではない、大きな意味を持つものだったと考えています。もちろん、これがないと全く成立しないとは言いません。しかし、”きまぐれオレンジ☆ロード”という作品は超能力なくしては語れないもの、そう考えています。超能力がない方がいいということであればそれはすなわち、三角関係を描いたラブコメディーであったとしても、”きまぐれオレンジ☆ロード”ではないのではないでしょうか。
また長くなってしまいましたが、最後までお付き合いいただきありがとうございました。超能力があるがためにのめり込めない、違和感を感じる、というご意見は確かにあるかもしれません。それを否定するつもりはありません。ただ、超能力の意味を見つめなおすことで違う発見もあるのではないでしょうか。そしてイメージよりも恭介はちゃんとしています。まどかもちゃんと見ています。ひかるちゃんは・・・良い子です😅ということで、これからも”きまぐれオレンジ☆ロード”をよろしくお願いします。
(2024年3月のイラスト)












ただこれだけではまだ微妙だ。行為の後下着を履いた可能性もあるし、下着の隙間や、社会の窓からやれないことはない。
こんなの。